粗大ゴミを掲載

ぼくの担当医は何も説明してくれなかった(ぼくも訊かなかった)し、テストなんかしなかったような気がするなんとなく減感作療法がいいと聞いて近所の病院を訪ねて相談したら、ハイハイと注射してくれたというわけである。
それなのにぼくは、毎週コッコッと、あきもせず1年間も通ったのだ。 インターネットで調べてみると、減感作療法には3〜5段階あって、一段階につき9回注射するようだ。
たとえば5段階だと5×9で45回になる。 週2回でもいいが、ぼくのように週一回というのが多いという。
つまり週一回だと45週間、つまりほぼ1年中、注射に通っていたことになる。 それでどうなったかって?まあ、以前にくらべて症状が軽くなったかなと感じる程度で、とても治ったとはいえない。
ものの本には減感作療法を続けたら根治できると書いてあったけど、ぼくの場合は口が裂けても根治とはいえなかった。 効果はなかったが、ショック症状を起こさなかっただけでも運がよかったと思ったほうがいいかもしれない。
医者からもうしばらく続けてみたらと言われたが、結局アホらしくなってやめてしまった。 それなのに、どうもあきらめが悪いらしく、もしかすると2年目も続けていたら治ったかもしれないと、今でもひそかに悔やんだりしている。
一回につき3割負担で千円ちょっとだった気がするから、45回分なら5万円ほどだ。 ぼく一人のために国が払った医療費は約12万円。

なんだかドブに捨てたような気がするのだが……。 最近、ある医師に、ぼくがやった減感作療法の話をした。
する、と彼はこう言ったのだ。 「ああ、あれって、スギ花粉にはあんまり効かないんだよ」ぼくは言葉がなかった。
治療としては、基本的に病院で渡された抗ヒスタミン剤などを服用しているが、民間療法もずいぶんと試してみた。 たとえば馬油だ。
これを鼻の内側にある粘膜に塗るといい、と聞いた。 花粉の直径はい〜100ミクロンあるが、スギ花粉は小さいほうで2〜3ミクロン。
しかし、空気中の一伴遊塵としては比較的大きくて重いから重力の影響を受けやすい。 つまり、無風状態では地面や床に落ちるのだ。
鼻腔に入れば粘膜にぶつかりやすい。 そこで花粉が粘膜に触れる前に、馬油で捕捉しようというわけである。
ずいぶんこれを塗っては出かけたが、結局1年目でやめてしまった。 はっきりとした効果がなかったこともあるが、それ以上に鼻の中がヌルヌルしていて気色悪いのである。
数年前に「見えないマスク」とか言われて、鼻の中に塗るクリームが発売されたが、これも同じで、やはり1年と続かなかった。 それならというわけで、一時は鼻マスクなるものを自作したことがある。
市販のマスクに使われているフィルターの部分をはずして扇形に切り、ろうと状にして糸か布用の接着剤でくっつける。 これを鼻腔の中に入れるという簡単なものだ。

そこそこ効果はあると思ったのだが、くすぐったくて息苦しくてどうにもならず、結局、実用にはならなかった。 ちなみに、最近は「N」なる名称で商品になっているそうだが、ぼくはまだ試していない。
民間療法は、とりわけ自分でも感心するほど凝ったと思う。 誰でも知ってるし、いまでも薬局に売っている甜茶はもちろんのこと、スギエキスのはいった飲料水、花粉症に効くという指圧。
トマトがいいというので毎日食べたこともある。 ぼくはトマトが大嫌いで、もう何十年も食べたことがなかった。
さすがにトマト療法には祷跨したが、それでも花粉症のためならと、歯を食いしばって食べたものだ。 おかげでというか、花粉症に効果があるかどうかは不明だが、それ以来、ぼくはトマトが好きになってしまった。
最近では、花粉症とは関係なしに、秋から冬になるとうまいトマト探しで頭がいっぱいになる。 なぜ秋から冬かといえば、通常、トマトは3月に種まきをして4月に定植する。
これを7月から8月にかけて収穫するのだが、枯れる寸前まで水分をコントロールしながら、半年以上かけて育てたトマトがあるのだ。 大きさは直径5センチほどと小さいが、実はこれがあの「M」なのである。
こうしたトマトで有名なのが「徳谷トマト」だが、徳谷のようにブランド化されていないものが、あちこちで栽培されている。 糖度はメロン並みにもできるそうだが、ぼくはやはり糖度5あたりがトマトらしいと思う。
市場に出ないことが多いから、これを丹念に探して送ってもらうのである。 ちょっと脱線したが、民間療法ではこのほかに、柿葉茶やシソのジュースなんてのも試してみた。

それに、レンコンをすりおろして鼻腔に塗るなんて方法もあった。 シソの葉はけっこう効果があったと思う。
シソの葉にはもともと咳や鼻水を止める効果があるとかで、シソの葉をとろ火で煎じてはよく飲んだものだ。 くしゃみが止まらないときは、おろしたショウガを絞って、その絞り汁を水に薄めて鼻腔を洗ったこともあった。
これもシソの葉と同じでそこそこの効果があったように思う。 ただ、ぼくの場合、無精なのかどうか、どうも長続きしない。
最初の2、3週間は必死に取り組むのだが、効果があらわれたところで面倒臭くなってやめてしまうのだ。 それにしても、自分の体を実験台に、よくもあれこれと試したものだと思うが、これも、ただただ憎たらしい花粉症をなんとかしたいがためだ。
それなのに持続しなかったのは、結局、治療が面倒だったことに尽きるのだろう。 ぼくのような凡人は、やっぱり楽して治すのが一番なのだ。

一度だけだが、ショック療法なるものを試したことがある。 いまでもそのときのことを思い出すと冷や汗がでる。
よくぞあんな馬鹿ばかしいことをやったものだ。 花粉症になってからも、ぼくはパラグライダーに夢中だった。
本当は、花粉症の季節は飛ばないほうがいいのだ。 その理由は、花粉が舞う中をグライダーで滑空すると、歩いているときよりも数倍の花粉が目や鼻の粘膜に突き刺さるからだ。
オートバイに乗っても同じことが起こる。 でも当時のぼくは、そんなことをまったく気にしていなかった。
能天気なことに、マスクをすれば何とかなるだろう程度に思っていたのだ。 花粉症になった年だと思うが、ぼくが花粉症だと知ったフライト仲間の一人がこう言った。
普段から、病気になるのは肉体がヤワだからと言ってはばからないスポ根野郎だった。 「皮層と粘膜を鍛えれば風邪も引かない。
少々熱があっても、逆に熱い風呂にはいれば治るだろ。 それと同じで、思い切って花粉をいっぱい吸い込んだら、少々の花粉では、くしゃみとか出なくなるんじゃないの。
ショック療法だよ」冷静に考えたらずいぶんおかしな論理なのに、なぜかぼくは、彼の言葉を簡単に信じてしまった。 新興宗教にはまるときとはこんなものかもしれない。
次の日、ぼくたちはそれを実践するために丹沢山系に向かった。 神奈川県北部から山梨県南部にかけて広大なスギ林が広がっている。
春になると北西の風がふき、このスギ林の花粉がいっせいに多摩地区の空を舞うのである。 もちろん、わが家の上空も。
山麓で車を降りると、ぼくたちは歩いてスギ林を抜けた。 そしてスギ林の斜面を登り、頂上の手前から、花粉が立ち昇る中に向かって飛んだ。

花粉の霧の中を、グライダーは風を切って滑空した。 心なしか、花粉がピシピシと顔面に当たるような気すらする。

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